意見文#2 「No1なんかいらない」

こんにちは!  ぶんちゃんです

今日も引き続き、意見文を紹介したいと思います

 

 

No1なんかいらない

 相変わらずテレビのCMや、塾の実績などでよく見かける。だが、あまり良くない実績を堂々と掲げる会社はそういない。この違いは何だろうか。

 

 それは、他人からの評価であったり、自分を良く見せようとする考え方に尽きる。

だが、全ての会社が自分自身の会社を良く見せようとしているかと問われれば、私は必ずこう答える「それは違う」と。

 

 今や現代の日本には、No1があふれていると感じる。町を歩いてみれば、看板には「売り上げNo1」だとか、「大ヒット」という言葉が散らばり、自分に良い商品なのかも分からず、人々はその商品を手に取る。そうやって今の日本の経済が成り立ってきたのだと私は思う。

 

 しかし、No1が与えた効果は、世の中にとどまらず、日本の国民性にまで影響をもたらした

 

 戦前の日本は、経済も不安定で、食料もままならない時代であったため、見知らぬ他人同士でも、手と手を取り合って生きてきた。

 

 しかし、今の日本はどうだろうか、どこもかしこも競争ばかりで、自分よりも優れていない人を見ると享楽を覚え、目上の人には、誰よりも自分が優れているとアピールをするようになった。まことに笑える話だが、これが日本の国民性だと思うと悲しくなる限りである。

 

 ところが、No1が与えた効果は、もう一つある

 

 それは、向上心や何事にも努力する心掛けである

 

 教育環境が整った今、学問に精をつくし、自分のなりたい職業に一歩でも近づこうとする考え方が広がりつつある。これも一つの向上心だと言えよう。確かにこの考え方は、あたりまえだと、疑問を口にする人もいる。しかしあたりまえだからこそ、努力しなければいけないのである。

 

 外国ではどうだろうか、特に社会主義国国家ロシアである。

 

 ロシアでは、第一次世界大戦中、レーニン率いる革命組織が革命を起こした。後に呼ばれるロシア革命である。レーニンが考えたマニュフェストは、「みんな平等」。ここでお気づきであろう。そう日本と考え方が正反対の国なのである。ロシアでは、産業の中心とされる企業は、すべて国有化し、生産される商品も売り上げ問わず一定である。そのため、社長も労働者も同じ給料であった。そして、あの経済大国アメリカと日本を含む競争社会を中心とする国々に多大な不況を与えた世界恐慌ですら、ロシアでは、影響が少なかった。

 

 要するに、「みんな平等」という考え方は、危機的経済において強いことが言える。

 

 では、いつから日本は競争国家になったのだろうか。

 

 それは、第二次世界大戦後、日本を占領したGHQである。GHQは、日本を民主化させるとともに、巨大な資本力があった住友・三井・安田などの財閥を解体させることなどを目的とした。しかし、今もなお、住友などの財閥は日本を支える大黒柱として、健在している。

 

 ここで疑問が湧く、GHQは財閥を解体したはずであったのではないか、それはGHQを組織した国は、かの有名な経済大国であるアメリカだからである。競争大国のアメリカが、わざわざ「みんな平等」の考え方のように、日本もそんな国にするだろうか。

 

 全くもって考えられない。今の日本を作ったのは一番の要因はアメリカなのである。では、今の日本人はどうすべきか。

 

 それは、日本人が相手に対し、みくださず、思いやりを持つしかない。そして、向上心や努力する心掛けとは違う。人を足場にして、No1になろうとする考え方は捨て、共に協力し、共に努力し、共に成功を噛みしめれば、たちまち日本という国は、悲しみのない平和な国となり、その考え方が世界に広がれば、「世界平和」のような大きな目標にたどりつける。

 

 だから、要するに、周りの人を大切にする考え方に尽きよう!