自己紹介します

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初めての方も、そうでない方も、こんばんは~

 

 

ぶんちゃんこと須藤文太です。

 

 

皆さんの言いたいことは分かります。

 

 

このマスクですよね?

 

 

かなりインパクトあるかと思います。

 

 

でも、皆さん一度は見たことある、いや日本人なら知らない人はいないと思います。

 

 

誰だか分かりますか?

 

 

ヒント:どこかの首相です。

 

 

正解は~

 

 

この方!!!

安倍首相です。

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デデン。

 

 

かなり似てますよね?

 

 

似てないですかね・・・

 

 

でも、今日はマスクの話ではありません。

 

 

マスクの話はまた、後日しっかり話します(^^)/

 

 

では、今日は何を話すかと申しますと

 

 

それはタイトルにもある通り僕の自己紹介をします!

 

 

ブログが新しくなったことも一つの理由ですが、

 

 

今一度僕のことを知ってほしいのですぅぅ~~(きもい)

 

 

誰かの役に立つわけでもなく、

 

 

世界の平和に貢献するわけでもありませんが、

 

 

ここからの僕の話に耳を傾けてくれたら幸いです。

 

 

では、さっそくいきまSHOW(^^)/

この世に生まれた僕

2000年4月24日午後4時38分3302グラムという至って健康に僕は生まれました。しかし僕のお母さん曰く、僕の出産は相当大変だったみたいです。何故大変だったのかを聞いてみたら、僕の頭は他の赤ちゃんより一回り大きく、産む際に頭がつっかえてなかなか生まれず、結局のところ看護婦さん2人がかりでスッポン呼ばれる吸引器?を頭に装着して引っ張り出したとのこと・・・ちなみにスッポンというのは画像のように普段はトイレのつまりを解消するために用いる道具みたいです。

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 僕の名は須藤文太(すとうぶんた)と名付けられました。名づけの由来は、父の名前と母の名前を一つずつ取ってくっつけたことが由来だとお母さんは言っていました。その後僕は大きな病気をするわけでもなくスクスク育っていきました。しかし幼稚園に入園したころ、2大事件が起きたんです

 

顔面血だらけ事件

僕の幼少期は今の家ではなく、小さなアパートに住んでいました。そのアパートの近くには結構広い公園があり、いつもそこで友達と遊んでいました。遊びの内容は鬼ごっこだったりかけっこなどでした。その日も友達と何ら変わりなく公園で遊んでいた時、友達が「かけっこしない?」と誘ってきました

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僕は走ることが大好きだったので快く「やろうやろう」と承諾し、地面に木の棒で線を引いて「よ~いどん!」の掛け声でかけっこが始まりました。久しぶりのかけっこだったこともあって、張り切っていた僕はあまり前の方を見ずに走っていました。50mぐらい先のゴールが近づいた時です

 

ゴールの手前にあった小さな石につまづき顔面からスライディング。事の次第にあまり理解できなかった僕は、駆け寄ってきた友達に手を差し伸べれらて起き上がりました。「大丈夫?」との問いに、僕は「大丈夫!」と友達の顔を見ました。そしたら「うあ~~~」と叫びをあげて逃げていきます。

 

え?え?」と近くのトイレに駆け込んで鏡を見てみると・・・顔面真っ赤。血だらけなんです! でも全然痛くないんですよ(笑)あまりの光景に驚いてしまい痛みを感じなかったんです。その後はお母さんに連れられ病院に行き消毒してもらい顔中にガーゼを貼られ帰宅。

 

 人間という生き物は不思議なもんで落ち着くと事の次第に理解でき、それまで感じなかった感情が湧いてくるんですよ。で、その感情というのは「痛い」というシンプルな感情。もうただ「痛い」というより「激痛」ですね、しかも顔面全体。でも日にちが経つにつれけがも回復し、無事治りました(^^)/ しかしあの時の自分の顔は今でも忘れられません。

 

幼稚園逃走事件

僕はとても幼稚園が嫌いでした。いや嫌いではありません。大っ嫌いでした。いくつか理由がありますが、お母さんと離れることがすんごい嫌で、いつもバスに乗せられる時が恐怖でしかありませんでした。知らない大人、そして知らない幼稚園児。

 

そうです!僕はお母さんが大好きだったんです。そしてその時は訪れました。いつものようにお母さんに連れられバスの停留所へ。そして知らない人に連れられて無理やりバスに乗せられ幼稚園へ。もうこの時点で無理だった僕は、幼稚園児の頭で、幼稚園児なりに考えました。「どうしたら帰れる?どうしたら帰れる?」そして思いついてしまったのです。

 

そうだ!脱走すればいいんだ!」こう考えた僕は、幼稚園についたらトイレに行くふりをして脱走を試みました。しかし、あと少しで門の外に出られるところであっけなく園長先生に確保。そして戻されました・・・もう悔しかったです。あと少しあと少しだったのに・・・でも今となってはいい思い出です(^^♪ 人生で初めての挑戦でしたから(笑)

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暗黒の小学生時代

暗黒です。何が暗黒かと申しますと、一言で言えばゲームを買ってもらえないことに対する父への反感、そしてみんなの輪に入れないさびしさ、そして悲しみ。「自分だけDSがない」ただそれだけを考えていました。

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そしてクラスの女の子からも「ぶんちゃんって、DSもwiiも持ってないの~???やば~い」と僕の心にくぎをさす言葉を放たれてから、我慢我慢我慢ずっと我慢してきました。友達にゲームの誘いを受けたら「塾があるから無理」と嘘をつき、「なんでDS持ってないの?」と聞かれたら「壊れた」とまた嘘をついてきました。そうでもしないとやっていけなかったんです。

 

でもそんな時期も小学3年生で終わりました。とうとう父が買ってくれたんです(^^♪ それ以来僕の小学校時代は「」でしたね~ 必要のない嘘をつかなくてもいいし、なおかつ友達とゲームできることに最高の歓びを感じていました。その当時すんごくハマっていたのがマリオカート。もうこのカセット1つだけで十分でしたね(笑)いや~懐かしい。

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そして小学5年生になり、突如としてあるブームが僕ら小学生を襲いました

 

すんごいコマブーム

一つ目のブーム。それは「コマ」です。

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 恐らく皆さんやったことがあるのではないでしょうか?コマってすんごく単純なんですけど、面白いんですよね~ 僕が初めてコマに触ったのはあの時でした。学校が終わりいつもの友達と下校しているとき、突然「コマやろうぜ」と誘われました。しかし、僕は当然のようにコマを持っておらず友達に貸してもらいやってみました。そしたら何ということでしょう。コマに糸を巻き付け投げる瞬間の爽快だこと爽快だこと。

 

とてつもなく面白い。そう感じた僕はお母さんにせがみ、駅前のデパートに連れて行ってもらい買ってもらいました。確か木目調のコマだったと思います。それからというものの、学校に行ってはひたすらコマを回し、家に帰ってからもずっとやってましたね~(笑)これがまた飽きないんですよ。そして学校でのコマブームもほとぼりが冷めてきていつの間にか、コマもどこかに行ってしまいました。

 

第二のブーム。それはけん玉

小学校というものは、一つのブームが過ぎたら、すぐに新しいブームが発生するもんなんですね。コマのブームが過ぎ去ってから2日くらいでしょうか、僕はいつも早く学校に行く小学生で、何かと一番が好きだったんです。その日も朝早くに家を出て学校へ向かう途中、他の小学生がなにかで遊んでいる姿を見ました。その遊んでいるものというもののが、「けん玉」だったんです。

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 そして、まぁその日は「けん玉」の話題でクラスは持ち切り、授業と授業の合間の10分間の休憩では、「けん玉」を持っている他クラスの子のもとへ向かい、必死に「貸して貸して」と頼んでいました人が持っていて、自分が持っていない状況に当然納得のできない僕は、父に頼んで、父の「けん玉」を貸してもらうことになりました。それからというものの、クラスでも数少ない「けん玉所持者」の僕は、男女問わず色んな人から「貸して!」とさんざん言われ、僕の元に帰ってくる日は次の日だったりしたこともありました。まぁそんだけ使われると「けん玉」もボロボロになってきて、ついに「」が切れてしまい、父に怒られらたことも懐かしい思い出です。

 

人生で初めてのバレンタイン

 僕は自分でも言うのなんですが、非常に正義感の強い子どもでした。「悪は許さない」「悪を倒す」まぁ戦隊ものの見すぎが原因なんですけどね、その当時の戦隊ものと言えば「仮面ライダー電王」「デカレンジャー」そして「仮面ライダーひびき」。特に「仮面ライダー電王」の「いいじゃんいいじゃんすげ~じゃん」という曲のセリフはいつも口ずさんでいましたね~ 

 

僕のクラスではある男子がいつも特定の女子をいじめていたんですよね。まぁ正義感の強い僕が黙っているわけがなく、いつも仲裁に入って、女子は遠くの方に逃がし、その男子をいつも落ち着かせていました。そしてある下校時のホームルームの際、女子たちが僕を見て騒いでいるのです。「ん?なに?」と疑問を持ちつつ、家に帰り、友達の家でゲームをしていた時、「ピンポーン」というチャイムの音が鳴りました。

 

友達のお母さんが出ると、こちらに向かって手招きをしています。僕と友達2人で行ってみると、いつもいじめられていた子が小包みを持っています。そしてそれを僕たちに手渡して何も言わず帰ってしまいました。僕たち2人は恐る恐る中を開けてみると「手紙」と「手作りチョコ」が入っていました。「ええええ!!なんでええええ」とまぁ驚いたものの状況を理解した僕はそそくさ家に帰り、手紙を読んでみると「いつも守ってくれたありがとう」風なことが書いてありました。

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 人生で初めてのバレンタインだったので、御返しの方法もあんまり分からなかったので、とりあえず「ゴディバのチョコ」をプレゼントしました。まぁ今思えば、ちょっとやられた感じがありますが(笑)

 

小学6年生にして悪に染まる

小学6年生。すなわち最高学年になった僕は、あるいみで最高な小学生となりました。それもこれも2年続けて同じ担任になったことが、僕の悪に火をつけたんです。その担任は井上先生という男先生で、身長は180センチもあるいわゆる「でかぶつ先生」僕はこの先生が嫌いでした。何故か?それは必要以上に「僕をイジッてくるんです」。

 

僕のパーカーが教室に落ちていたら勝手に着てみたり、友達とけんかして服がボロボロになったら、その服を脱がせてこようとしたり、まぁとんでもない先生なわけです。それが1年続き、「やっとこれでおさらばだ!はっはっは」と高をくくっていたら、まさかの2年連続。もう最悪でした。

 

しかしその最悪感情がだんだんと「反抗」へと変わっていったんです。最初の「反抗」は学校でガムを噛んだことです。給食を食べ終わり掃除の時間が始まったころ、友達からそっと「何か」を渡されました。それはご想像の通り「ガム」です。粒タイプのガムでした。最初は「やばいよやばいよ」と拒否していたのですが、「大丈夫大丈夫ばれないばれない」と友達がせかしてくるので、「じゃあ」ともらい受け、口に運びました。

 

そして掃除の時間が終わり、5時限目に突入して間もないころ、井上先生が「おまえ、何食ってんだ?」と聞いていたので、給食のメニューであった唐揚げを食べていると答えました。まぁ小学生の嘘です。大人を欺けることができるわけありません。そして井上先生が僕の机の前にやってきて「出してみろ」と言うのです。僕は「嫌だ」と言っても、ただひたすら「出してみろ」と言うのです。

 

もうあきらめた僕はガムを口から出し井上先生に渡しましたそしてこう言ったのです。「これが唐揚げかな?」その嫌みたっぷりの先生の発言を聞いて以来、僕は給食の手伝いをサボったり、体育の時間に友達とバカ騒ぎしたりと、まぁ悪行を繰り返していました。

 

してある日の集会で上履きを揃えなかった僕を注意した井上先生に向かって「別にいいじゃん」と言い放ちました。そしたら胸ぐらをつかまれ「ふざけんな!」と一喝。それ以来僕は改心して穏便に小学校を卒業しました。今思えば、僕のためにいろいろ言ってくれたことは間違っていなかったと反省しています。

 

前半陰キャだった中学時代

小学校を卒業し、新たな新天地である「中学校」へ入学しました。自分の周りはみな知らない人。超コミュ障である僕が自分から声をかけることができるはずもなく、クラスでは結構地味な生徒だったと思います。

 

部活はずっとやってみたかった「バスケ部」に入部。日々きつい練習をしながらも、バスケ部の仲間たちと励まし合って頑張っていましたね~ でも日にちが経つと段々とクラスにも慣れていって、少しずつですが友達も増えていきました。最初は学校の行き帰りは1人でしたが、小学校が同じで帰る方面が一緒の5人と帰るようになり、少しずつですが学校が楽しくなってきました。

 

しかし、中学校に入ると当然の如く勉強も難しくなり、最初の成績はオール3。その当時は「よっしゃあ全部3だぜ」なんて喜んでいましたが、成績の本当の意味を知ったころには「もう少し勉強をしていれば」と今でも後悔しています。そして人生にして初めてのある時期が訪れました

 ついにモテキ?到来

ざっとしたの記事を説明すると

複数の女子から体を揉まれました。ただそれだけです

気になる方は見てみてください(^^)/

 

 とんでもない女子の出現

 あらすじとしては、ぐれたギャル女子がやらかします

 

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英語の亀山先生が最高すぎた話です

 もうこの人のサプライズ精神に脱帽です

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 初めて人を好きになった日

僕は中学3年生になるまで、本気で好きなった人はいませんでした。そしてまさか人を好きになる日があの時だとは思いもしませんでした。遡ること夏休み前の7月。いつもはみんなと帰るはずだったその日は、何故か皆忙しく一緒に帰ることができませんでした。

 

そして一人で家路の道を歩いている時、目の前に小学校から一緒のMちゃんがいました。その子は僕と帰る方向が一緒のなので、たまにみかけるくらいだったのですが、その時、道には僕とM以外誰もいませんでした。M子は結構可愛くて天然な子でしたが、静かなタイプの子でした。

 

僕はあまり話したことはなかったのですが、超コミュ障のため、声をかけることもできず、M子の後ろを歩いていました。そして3つめの曲がり角を曲がろうとした瞬間、急にカラスが急降下してきました。M子は驚き「キャッ」と言い、僕と目があいました。とっさに僕は「大丈夫?」とコミュ障なりに声をかけました。そして2人で一緒に帰ることにしたんです。

 

もう心臓バクバクで、僕の息子もこれまでにないほどの棒となり、僕は息子を隠しつつ一緒に帰りました。帰っている最中は、ぼくが体育祭の前の団結式で弾いたギターの話だったり、好きな芸能人など主に雑談をしていました。結局M子の家まで送り届けたのですが、その時に「送ってくれてありがとう」とにっこり微笑みながら言ってくれました。も

 

うそれを聞いた僕は、M子のことだけをそれからずっと考えていました。まぁ恋ってやつです。そして勇気を振り絞って花火大会に誘ってみたんですよ。そしたら

 

「いいよ」って言ってくれてました!!

 

おっしゃああああ」とこれまでにないほどの喜び感じましたね~

 

そして花火大会2週間前、再びM子の家に行って「花火大会覚えてる?」って聞いたら、

 

「バレエがあるから、無理かも」・・・

 

 

えええええええ~~~」とこれまでにないほどのショックを受け無事死亡。その後は何も進展はなくいわゆる自然消滅。

 

そして何もなく受験勉強が始まり、受験を終え、今の高校に入学。

高校での生活

スクールカーストの記事書いてみたり

 

 

 高校生ブロガーどうしで企画をやってみたり

 文化祭が最悪だったり

 全然モテないし

 授業中にやらかしたり

 席替えがぼっちだったり

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なかなか壮絶な高校生活を送っています(笑)

 

挙句の果てにこんな夢見たり・・・

 

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 でも、俺は生きている~~~

とにかく頑張ってます!!!

 

 

以上、僕の自己紹介でした!!!

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